イトウの話

人と動物の相互作用

(source: photo AC)

1月から新しいコースが始まっている。

Human-Wildlife Conflictと言うモジュールだ。

名前から内容はある程度想像はできるけれど、実はこの領域を網羅するためには、最低3〜4年は必要らしく、この3カ月間はほんの入門的な内容なのだそう。

1週目は、Habitatの話から始まった。

Habitatという言葉は、ちょっと直訳しにくい。

Cambridge dictionaryには、”the natural environment in which an animal or plant usually lives.” とある。英和辞典では「生息地」「生息環境」。そういえば、フランスにHabitat(ハビタ)というインテリア雑貨のチェーン店があった。つまり、住むことに関連した言葉なのだ。

今回の講師は、常に録音のレクチャーを用意しているわけではない。それよりも、読書課題が多い。Ⅰ週目は指定の教科書のイントロダクションを読み、自分が住んでいる地域のHabitatと固有種、絶滅危惧種についてディスカッションボードに投稿した。

北海道は、温帯から寒帯の移行帯で、Habitatもちょうど移行するところにある。自然は豊かで動物も多いが、ほとんどの種はサハリンやカムチャツカの動物相(この言葉もこのコースを始めてから知った)と同じで、北海道にしか生息しない動物は基本的に存在しない。これは驚きだった。そう言われると、つい最近まで大陸と北海道がつながっていたことを感じる。

日本にしかいない種で北海道にも生息しているのは、ニホンウサギコウモリアカネズミヒメネズミだけである。日本中に生息している生物らしいのだが、地味すぎて全く見たことがない。ちなみにこの3種は、絶滅の危機に瀕していない。コウモリとネズミ。人畜共通感染症で何度も出てきた種だ。

ということで、IUCNレッドリストに載っている絶滅危惧種を探したのだが、こちらも実はそう多くない。哺乳類や鳥類には、致命的な絶滅の危機に瀕している(CR: Critically Endengered) 種はいない。あの有名なシマフクロウですら、Vulnerable(脆弱な)というカテゴリーに入っているにすぎない。実は北海道で差し迫った絶滅の危機に瀕しているのは、道東〜道北やクリル半島の川に生息している淡水魚のイトウだ。イトウは日本最大の淡水魚で、20世紀初頭に十勝川で2メートル10センチのものが確認された記録がある。今はそこまで大きなものはほとんど見られないようだが、稀で、大きく、美しく、食べてもおいしいことから、非常に人気が高いらしい。なので、乱獲が絶滅の危機の最も大きな原因となっている。ただ日本では、森林の開発や大規模農業などによる生息域の破壊が、もう一つの大きな原因になっている。イトウの聖地、猿払村では、イトウが生息する源流域での風力発電所の建設計画が持ち上がっており、致命的な打撃を与えるのではないかと懸念されているらしい。

ネットゼロ・カーボンニュートラルも大事だが、そのために生物多様性を破壊してしまうのでは、元も子もない。さらに、その一方で、気候変動による気温上昇で酸欠を起こしたイトウの大量死が発生している。釣りはキャッチアンドリリースが基本になってはいるものの、そんな大切な魚を釣って楽しむのはそろそろやめたほうがいいんじゃないかと、釣り師ではない私は思ってしまう。まぁ、釣りを楽しむ人の方が環境変化に気づきやすいなど良い面もあるので、一概には言えないが・・・。ワンヘルスを学んでいると、机上の理論だけで実践することがどれだけ危ういか、ということが繰り返し出てくる。現地に足を運ぶということは、かけがえのないことなのだ。そういう意味では実際に川や海に触れる釣り人にはかなわない。

鮭とは違い、イトウは産卵しても死なない。かなり長命で、何年ものあいだ川に戻ってきて産卵する。

こんな美しい魚が地元に住んでいるなんて、全然知らなかった。この事実はもっと道民に知られるべきだと思う。

シマフクロウを守る運動は有名だけど、そのおかげで近年個体数は世界的に見ると回復しつつあるようだ。因みに今回、レッドリストはIUCNだけでなく、日本国内、都道府県単位と様々なレベルのものが存在することを知った。それぞれは、独立していて特に関連性はないため、片方では「ちょっとヤバイ」位の位置づけの種が「絶滅危惧種」になっていたりする。世界的に見れば、個体数を回復傾向でも、日本や北海道だけで見ると、まだまだ厳しい状況であることも多い。

ちなみに、日本レベルでは、レッドリストのほかに絶滅危惧種の生息情報を集めたレッドデータブックというものが存在し、そちらは2014年から更新されていない。

固有種の情報も、国立、科学博物館の最初に目録が載っているが、一見したところ、まだ作成途中のようで、実はこういう地味だが、大切なことに日本はお金かけたがらない。気候変動対策も政策レベルにはまだまだなっていないし、市民の問題意識も低い気がする。欧米人のエキセントリックなムーブメントにもついて行けない気がしてしまうのだが。学問は守らなければ発展できない。特に、利益に直結しない領域は。でもそれそれが最終的に自分の首を絞めないように、見通す眼力が必要だ・・・。

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